民法 司法試験重要判例

解説はGrok

総則
Ⅰ 一般条項


1.

**宇奈月温泉事件(大審院昭和10年10月5日第三民事部判決、民集14巻1965頁)**は、日本の民法史上、**権利の濫用**の法理を初めて明確に認めた画期的な判例です。民法1条3項(権利の濫用は、これを許さない)の制定以前に、所有権に基づく妨害排除請求が権利の濫用として排斥された代表例で、現在も判例百選の最初に掲載される「民法の聖地」的な事件です。


### 事案の概要

- 宇奈月温泉(富山県)は、約7.5km離れた黒薙温泉から**木製の引湯管**(木管)を地下に埋設して温泉を引いていました。

- この引湯管は大正6年(1917年)頃に巨額(当時30万円)の費用をかけて敷設され、土地の利用権はほぼ全て取得済みでした。

- しかし、途中で**わずか2坪**(約6㎡)の部分が、土地所有者Bの所有する急傾斜地(利用価値がほとんどない112坪の一部)を通っていました。

- BはこれをX(原告)に売却(1坪あたり26銭程度の安価)。

- Xは引湯管を運営するY社(黒部鉄道株式会社、現在の富山地方鉄道の前身)に対し、**高額(時価の20〜27倍程度)**で土地の買取りを要求。

- Y社が拒否したため、Xは**所有権に基づく妨害排除請求**(引湯管の撤去請求)を提起しました。

- 引湯管を撤去・迂回させるには莫大な費用と長期間の休業が必要で、温泉街全体の存続が危ぶまれる状況でした。


第1審・第2審はXの請求を棄却。Xが上告した結果、大審院が上告を棄却し、X敗訴が確定しました。


### 判旨(大審院の判断の要点)

大審院は、所有権に基づく妨害排除請求を認めつつも、以下の理由で**権利の濫用**に当たるとして請求を排斥しました。


> 「所有権ニ対スル侵害又ハ其ノ危険ノ存スル以上,所有者ハ斯ル状態ヲ除去又ハ禁止セシムル為メ裁判上ノ保護ヲ請求シ得ヘキヤ勿論ナレトモ,該侵害ニ因ル損失云フニ足ラス而モ侵害ノ除去著シク困難ニシテ縦令之ヲ為シ得ルトスルモ莫大ナル費用ヲ要スヘキ場合ニ於テ,第三者ニシテ斯ル事実アルヲ奇貨トシ不当ナル利得ヲ図リ殊更侵害ニ関係アル物件ヲ買収セル上,一面ニ於テ侵害者ニ対シ侵害状態ノ除去ヲ迫リ,他面ニ於テハ該物件其ノ買収価格ヲ以テ不当に高額ナル対価ヲ請求スルガ如キ行為ハ,所有権ノ目的ニ反シ,**権利ノ濫用**ニ外ナラス。」  

> (大審院昭和10年10月5日判決・民集14巻1965頁)


- **要点のポイント**

  - Xの被る損害は微少(利用価値のない急傾斜地のわずか2坪)。

  - 引湯管撤去によるY社・温泉街・地域全体への損害は甚大(莫大な費用、多大な休業、温泉街の衰退)。

  - Xは侵害の事実を知りながら(または知り得る状況で)土地を買い受け、不当な利得を狙った。

  - このような所有権行使は**所有権の目的に反する** → **権利の濫用**として許されない。


この判決は、権利行使者の**主観的悪意(不当利得の意図)**と**客観的利益衡量**(双方の損害の比較)を総合考慮した点で重要です。以降の判例では主観的要素よりも客観的利益衡量が重視される傾向が強まりました。


この事件後、現場は宇奈月ダム建設(1990年代)で水没しましたが、現在も「宇奈月温泉木管事件碑」が湖畔に残り、法曹関係者が訪れる「民法の聖地」となっています。


2.

**信玄公旗掛松事件(大審院大正8年3月3日第二民事部判決、民録25輯356頁)**は、日本における**権利の濫用**の法理が実質的に初めて採用された古典的判例で、**民法判例百選**でも宇奈月温泉事件と並んで最初に掲載される重要事例です。


宇奈月温泉事件(昭和10年)が**所有権者の請求**を権利の濫用として排斥したのに対し、本件は逆に**加害者側(国)の権利行使**(鉄道運行)が権利の濫用に当たり、不法行為責任を負うとした点で対照的です。この判決は、権利行使の**社会的相当性**を重視する考え方を示し、後の**受忍限度論**や公害判例の先駆けとなりました。また、末川博の「権利の濫用に関する一考察」(1919年)など、権利濫用論の学説発展の直接的な契機ともなりました。


### 事案の概要

- **場所**:山梨県北巨摩郡日野春村(現・北杜市長坂町富岡)、現在のJR中央本線**日野春駅**構内南東側線路脇。

- **原告X**(被上告人):清水倫茂(またはその相続人)。所有地に生育する老松(信玄公旗掛松)を所有。

  - この松は、武田信玄が軍旗を掛けたという言い伝えのある由緒ある松とされ(ただし後年の鑑定で樹齢160年程度とされ、信玄時代ではないことが判明)。

- **被告Y**:国(鉄道院、当時の国有鉄道)。

- 大正初期、国は中央本線を延伸・複線化する工事を行い、本線を松の西側約4間(約7.2m)に、続いて回避線をさらに西側1間未満(約1.8m以内)の至近距離に敷設。

- Xは工事着工前から複数回にわたり「松への煙害を防ぐため線路位置変更」を申し入れていたが、国はこれを無視。

- 蒸気機関車の運行開始後、**煤煙・蒸気・振動・火の粉**により松が枯死。

- Xは国に対し、不法行為に基づく**損害賠償**を請求(当初は歴史的価値を主張し高額を求めたが、最終的に大幅減額)。

- 一審(甲府地裁)はX勝訴、二審(控訴審)で国勝訴、大審院が上告を棄却しX勝訴が確定(責任の有無について)。その後差し戻しで賠償額が決定(72円60銭程度と少額)。


### 判旨(大審院の判断の要点)

大審院は、国の鉄道運行権(営業権・土地使用権)の行使が**権利の濫用**に当たり、不法行為を構成すると判断。国の上告を棄却しました。


主な判旨抜粋(現代語訳を交えて要約):


> 「権利ノ行使ト雖モ法律ニ於テ認メラレタル適当ノ範囲内ニ於テ之ヲ為スコトヲ要スルモノナレハ、権利ヲ行使スル場合ニ於テ故意又ハ過失ニ因リ其適当ナル範囲ヲ超越シ失当ナル方法ヲ用ヒタルカ為メ他人ノ権利ヲ侵害シタルトキハ、侵害ノ程度ニ於テ不法行為成立スルモノトス。」  

> (権利の行使であっても、法律が認める適当な範囲内で行わなければならない。故意・過失によりその範囲を超え、不相当な方法を用いて他人の権利を侵害したときは、その侵害の程度に応じて不法行為が成立する。)


> 「鉄道院が煤煙予防の方法を施さずに煙害の生ずるに任せて、その松樹を枯死させたことはその営業としての汽車運転の結果であるとはいえ、社会観念上一般に認容すべきものと認められる範囲を超越したものというべきで、権利行使に関する適当な方法を行うものではないと解するを相当とする。よって、鉄道院が…松樹に煙害を被らせたことは権利行使の範囲にないと判断し、過失によりこれをなしたことをもって不法行為が成立する。」


- **要点のポイント**

  - 当時の通説では「権利の行使による損害は原則として不法行為にならない」とされていたが、本判決はこれを否定。

  - 鉄道運行は公共性が高い事業だが、**煤煙防止措置を何ら講じず**、近接敷設を強行し、事前の申し入れを無視した点が問題。

  - 権利行使が**社会通念上認容される限度を超えた**(社会的相当性を欠く)場合 → **権利の濫用** → 不法行為成立。

  - 主観的要素(故意・過失)と客観的要素(社会観念上の相当性)を総合考慮。

  - 「権利の濫用」という文言は判決文に直接出てこないが、実質的に権利濫用論を採用した最初の判例と評価される。


### 意義とその後

- 本件は**煙害(公害)の先駆け**として、後の四日市ぜんそく事件など環境訴訟に影響。

- ただし現代では「権利濫用」ではなく**受忍限度論**(被害の受忍限度を超える違法性)で説明されることが多く、本判決は過渡期のものと位置づけられる。

- 現場跡地には現在「**信玄公旗掛松碑**」が建立されており、観光地としても知られています。


宇奈月温泉事件が「権利濫用による請求排斥」の典型なら、本件は「権利濫用による加害者責任肯定」の典型で、両者は権利濫用論の両輪を成す判例です。


3.

**信義則(賃貸借契約の終了と転借人への対抗)**  

—**最一小判平成14年3月28日(民集56巻3号662頁)**—


この判決は、**信義則**(民法1条2項)の適用により、賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により期間満了で終了した場合でも、**転借人(再転借人)**に対して賃貸人が終了を対抗できないとした重要な判例です。  

合意解除の場合の判例(最判昭和37年2月1日など)を拡張し、**当初から転貸が予定・承諾されていた事業用ビル一棟のマスターリース**において、賃借人の更新拒絶による終了も信義則上対抗できないとした点で画期的です。  

借地借家法改正(2000年)後の定期建物賃貸借の議論やサブリース(マスターリース)実務にも影響を与えています。


### 事案の概要

- **賃貸人(被上告人・原告)**:ビルの所有者(個人または会社)。

- **賃借人(訴外会社・転貸人)**:ビルの賃貸・管理を業とする会社。

- **再転借人(上告人・被告・G)**:訴外会社から転貸(再転貸)を受けた第三者(本件では一室の店舗または事務所使用者)。

- 賃貸人は、建物の建築・賃貸・管理に必要な知識・経験・資力を持つ訴外会社と共同で事業用ビルを建築。

  - 訴外会社から**建設協力金**の拠出を受け、ビル全体を一括して訴外会社に賃貸(マスターリース)。

- 本件賃貸借契約は、**当初から**訴外会社が第三者に各室を店舗・事務所として転貸(再転貸)することを予定・承諾して締結。

  - 賃貸人の目的:自ら個別に賃貸する煩わしさを免れ、訴外会社から**安定的な賃料収入**を得ること。

  - 訴外会社は賃貸人の承諾を得て各室を第三者に転貸。

- 訴外会社が賃貸人に対し**更新拒絶の通知**を行い、賃貸借契約が**期間満了により終了**。

- 賃貸人は、再転借人(G)に対し、**建物の明渡し**などを請求(所有権に基づく妨害排除請求等)。

- 再転借人は、原賃貸借の終了を対抗できないとして争う。


一審・二審は賃貸人勝訴。再転借人が上告し、最高裁第一小法廷が原判決を破棄・差し戻し(実質的に再転借人勝訴方向)。


### 判旨(最高裁の判断の要点)

最高裁は、以下の事実関係の下では、**信義則上**、賃貸人は原賃貸借契約の終了を再転借人に対抗できないと判断しました。


> 「前記事実関係によれば、被上告人は、建物の建築、賃貸、管理に必要な知識、経験、資力を有する訴外会社と共同して事業用ビルの賃貸による収益を得る目的の下に、訴外会社から建設協力金の拠出を得て本件ビルを建築し、その全体を一括して訴外会社に貸し渡したものであって、本件賃貸借は、訴外会社が被上告人の承諾を得て本件ビルの各室を第三者に店舗又は事務所として転貸することを当初から予定して締結されたものであり、被上告人による転貸の承諾は、賃借人においてすることを予定された賃貸物件の使用を転借人が賃借人に代わってすることを認める趣旨のものであるというべきである。そして、本件再転貸借は、本件賃貸借の存在を前提とするものであるが、本件賃貸借に際し予定され、前記のような趣旨、目的を達成するために行われたものであって、被上告人は、本件再転貸借を承諾したにとどまらず、本件再転貸借の締結に加功し、Gによる本件転貸部分二の占有の原因を作出したものというべきであるから、訴外会社が更新拒絶の通知をして本件賃貸借が期間満了により終了しても、被上告人は、信義則上、本件賃貸借の終了をもってGに対抗することはできず、Gは、本件再転貸借に基づく本件転貸部分二の使用収益を継続することができると解すべきである。」  

> (最判平成14年3月28日・民集56巻3号662頁 要旨)


- **要点のポイント**

  - 原賃貸借は**当初から転貸(再転貸)を前提・予定**して締結。

  - 賃貸人は転貸承諾にとどまらず、**転貸の締結に加功**(建設協力金受領、全体一括賃貸など)。

  - 賃貸人の真の目的は**安定的賃料収入**と**個別賃貸の煩わしさ回避**。

  - これらの事情の下で賃借人が更新拒絶しても、賃貸人が終了を対抗するのは**信義則に反する**。

  - 結果:再転借人は**原賃貸借と同一の条件**で使用収益を継続可能(賃貸人が新たに地位を承継したとみなす)。


### 意義と位置づけ

- 合意解除の場合の判例(最判昭和37年2月1日:特段の事情なく対抗不可)を、**更新拒絶(期間満了)**に拡張適用。

- **信義則**による**対抗力制限**の典型例で、転借人の**信頼保護**を重視。

- 現代の**サブリース(マスターリース)**や**借上型公営住宅**事案で頻繁に引用され、賃貸人が転貸を前提とした契約では終了対抗が制限される基盤。

- 借地借家法34条(通知・猶予期間)は定期建物賃貸借に特化するが、本判決は一般論として信義則で保護。

- 対照的に、債務不履行解除の場合(最判昭和39年3月31日、最判平成9年2月25日)は原則対抗可能。


この判決は、**信義則**が賃貸借の終了場面で転借人の地位をどのように守るかを示した代表例で、現在も不動産実務・判例百選で必須の事例です。

-

Ⅱ 人


**人格権**  

—**北方ジャーナル事件(最大判昭和61年6月11日、民集40巻4号872頁)**—


この判決は、日本民法史上初めて**人格権としての名誉権**に基づく**差止請求権**(侵害の予防・排除請求権)を明確に認めた画期的な大法廷判決です。  

同時に、**出版物の事前差止め**が**憲法21条2項の検閲**に当たらないこと、しかし**表現の自由**との関係で厳格な要件を課すことを示し、**名誉権と表現の自由の調整基準**(北方ジャーナル基準)を確立しました。  

現在も**民法判例百選**(総則・物権)の人格権事件の最初に掲載される「古典的判例」で、事前抑制・名誉毀損・プライバシー侵害事案の基本枠組みとなっています。


### 事案の概要

- **原告X**(上告人):株式会社北方ジャーナルの代表取締役。

- **被告Y1**(被上告人):元旭川市長(1963〜1974年在任)。1979年4月施行の北海道知事選挙に立候補予定。

- 1979年2月、北方ジャーナルは4月号(初刷2万5000部予定)に「**ある権力主義者の誘惑**」という記事を掲載予定。

  - 記事内容:Y1を「嘘とハッタリとカンニングの巧みな少年」「言葉の魔術者でありインチキ製品を叩き売っている(政治的な)大道ヤシ」「ゴキブリ共」などと酷評。私生活にも触れ、北海道知事としての適格性を否定する全体にわたる名誉毀損的内容。

- Y1はこれを知り、**名誉権侵害の予防**として、札幌地裁に**印刷・製本・販売・頒布の禁止**を求める**仮処分**を申請。

- 札幌地裁は**債務者審尋(X側の意見聴取)なし**で仮処分決定(差止め認容)。

- 実際に雑誌は発行されず、Y1は知事選に立候補したが落選。

- Xは、本件仮処分決定およびその申請が**違法**(検閲に当たり憲法違反、不法行為)であるとして、**国**(裁判所)と**Y1**らに対し**損害賠償**を請求(国家賠償法1条1項)。

- 一審・二審(札幌高裁)はXの請求を棄却。Xが上告し、最高裁大法廷が**上告棄却**(X敗訴確定)。


### 判旨(最高裁大法廷の判断の要点)

最高裁は、以下の3点を順に判断し、仮処分は合憲・適法とした。


1. **検閲該当性(憲法21条2項前段)**  

   > 「憲法二一条二項前段にいう検閲とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。」  

   → 裁判所による個別的具体的な仮処分は**検閲に当たらない**(行政の一般・網羅的審査ではない)。


2. **名誉権に基づく差止請求権の肯定(人格権)**  

   > 「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法七一〇条)又は名誉回復のための処分(同法七二三条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる。」  

   → 名誉権は**人格権**として**物権類似の排他性**を有し、**差止請求権**(予防的・排除的請求権)が認められる(民法上の明文なしでも肯定)。


3. **事前差止めの要件(表現の自由との調整・北方ジャーナル基準)**  

   > 「公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関する事前差止めは、原則として許されず、例外的に、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものではないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときにのみ許される。」  

   → 本件は例外に該当(記事が明白に真実性・公益目的を欠き、選挙直前の重大な名誉毀損で回復困難)。  

   また、手続面:  

   > 「表現行為の事前抑制につき以上説示するところによれば、公共の利害に関する事項についての表現行為に対し、その事前差止めを仮処分手続によつて求める場合に、一般の仮処分命令手続のように、専ら迅速な処理を旨とし、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるものとすることは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、…」  

   → 原則として**口頭弁論・債務者審尋**が必要だが、本件は**明白性**が高く例外的に無審尋でも許容。


### 意義と位置づけ

- **民法面**:人格権(特に名誉権・プライバシー権)の**差止請求権**を初めて明確に肯定。以降のプライバシー侵害差止め(例:週刊誌実名報道差止め)で基本枠組み。

- **憲法面**:**事前抑制**の厳格基準(明白な虚偽・非公益・重大回復困難)を確立。公人批判の保護を重視しつつ、例外を認めるバランス論。

- **手続面**:迅速処理の仮処分でも、表現の自由保障のため原則審尋必要(本件は例外)。

- 補足意見(伊藤正己、長島敦裁判官)もあり、議論の余地を残すが、多数意見が通説・実務の基盤。

- 現代では、インターネット・SNS時代の名誉毀損削除仮処分でも頻繁に引用される。


この判決は、**人格権の保護**と**表現の自由**の衝突を調整した日本憲法・民法の双璧判例で、シリーズの「人格権」として必須の事例です。


5.

平成6年9月13日 最高裁判所第三小法廷判決(民集48巻6号1263頁、平成4(オ)1694号 損害賠償請求事件)


#### 事案

Y(被告・被控訴人・上告人)は、父親から相続した木造2階建店舗(旧建物)の所有権および敷地の借地権を有していたが、精神の発達に遅滞があり、知能は6歳程度であったため、主としてYの姉Aが旧建物を事実上管理していた。Aは、X(原告・控訴人・被上告人)との間で旧建物の賃貸借契約を締結し、その後の賃料改定・契約更新等の交渉にもあたっていた。これらの行為について、当時誰からも異議は出ていなかった。その後、旧建物の敷地および隣接地に等価交換方式でビルを建築する計画が持ち上がり、AはYを代表してXとの間で新ビルの賃貸借契約(本件契約)を締結した(無権代理行為)。その後、Yについて禁治産宣告(現・成年被後見人制度に相当)がなされ、Aが後見人に選任された。A(後見人)は、本件契約の追認を拒絶したため、XはYに対し、本件契約に基づく賃料支払いや損害賠償を請求した。原審(東京高裁)は、Aの追認拒絶は信義則に反し許されないとしてXの請求を認めたが、Yが上告した。争点は、禁治産者の後見人が就職前に無権代理人(ここでは姉A)によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則(民法1条2項)に反するか否か。


#### 判旨

禁治産者の後見人が、その就職前に禁治産者の無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かは、以下の諸事情を総合的に考慮して判断すべきである。


- (1)契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯および無権代理人が契約の締結前に相手方との間でした法律行為の内容と性質

- (2)契約を追認することによって禁治産者が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益

- (3)契約の締結から後見人が就職するまでの期間


後見人は、被後見人(禁治産者)との関係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって追認拒絶権を含む代理権を行使する義務を負う(民法869条、644条)。一方、相手方のある法律行為については、相手方の信頼保護も考慮する必要がある。したがって、後見人の追認拒絶は原則として許されるが、上記諸事情を総合的に考慮した結果、追認拒絶が相手方の信頼を著しく害し、正義の観念に反する場合には信義則上許されない。


本件では、Aが長年にわたりYの事実上の財産管理を行っており、本件契約締結までの経緯・内容、Yが被る不利益(経済的負担の増大)とXが被る不利益(賃貸借関係の崩壊等)、契約締結から後見人就職までの期間等を十分に検討していない原審判断は違法であるとして、原判決を破棄差し戻しとした。


この判決は、後見人の追認拒絶権の行使について信義則による制限を認めた代表的な判例であり、民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第9版〕でも「後見人の追認拒絶」(解説:熊谷 士郎)として取り上げられている。無権代理行為の追認拒絶(民法113条・859条関連)の場面で、後見人の善管注意義務(被後見人利益優先)と相手方保護(信義則)のバランスを考慮すべき基準を示した点で重要である。現在も成年後見制度下での追認拒絶の判断指針として引用され、事実上の保護者(親族等)が後見人に就任した場合の慎重な検討を促す基礎を形成している。


Ⅲ 法人

6.

平成8年3月19日 最高裁判所第三小法廷判決(民集50巻3号615頁、平成4(オ)1796号 選挙権被選挙権停止処分無効確認等請求事件)


#### 事案

原告(被選挙権を有する者)が、被告(選挙管理委員会)に対し、選挙権・被選挙権の停止処分(公職選挙法上の欠格事由に基づく)の無効確認等を求めた。争点の一つは、原告が代表を務める宗教法人(旧民法上の公益法人に準ずる地位)が定款に定めた目的の範囲を超えて政治活動(特定の候補者支援等)を行ったことが、宗教法人の目的逸脱に該当するか否か。宗教法人が政治活動を行った場合、それが法人の目的の範囲外の行為として無効となり、代表者の行為能力に影響を及ぼすかが問題となった。原審は、宗教法人の政治活動が目的外行為に当たり無効であるとして、原告の行為を個人のものと評価し、処分を有効としたが、上告された。


#### 判旨

法人の目的の範囲を超えた行為は、原則として法人の行為として有効であるが、**法人の目的の範囲を逸脱した行為であっても、第三者との関係では原則として有効**であり、内部的・対内的効力に限定して無効とされる場合がある。


- 民法43条(旧民法)は、法人の目的の範囲を超えた行為は法人の行為として効力を生じないと規定するが、これは法人の内部関係(設立者・社員・理事等)に対する制限であり、**外部の第三者との関係では、目的外行為であっても原則として有効**である(表見法理・代理権濫用類推適用等の観点から)。

- 宗教法人(宗教法人法に基づく)についても、同様の解釈が適用され、定款に定めた「宗教の布教・儀式行事等」の目的を超えた政治活動(選挙運動支援等)があっても、**第三者(ここでは選挙管理委員会や公的機関)との関係では有効**であり、代表者の行為として法人の責任を免れない。

- 目的外行為の無効は、**法人の内部的効力(例:理事の責任追及、定款違反による解散事由等)に限定**され、外部取引や公法上の効果(選挙権停止の前提となる行為の有効性)には及ばない。

- 本件では、宗教法人の政治活動が目的外であっても、原告の行為は有効な代表行為として評価され、選挙権・被選挙権停止の処分は適法であるとして、原判決を支持し、上告を棄却した。


この判決は、法人の目的の範囲(民法43条)の解釈について、**内部的制限説**(目的外行為は法人の行為として無効とするが、外部第三者に対しては有効)を明確に採用した代表的な判例であり、民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第9版〕(別冊ジュリスト262号)でも「法人の目的の範囲」(解説:後藤 元伸)として取り上げられている。旧民法43条の文言(「法人の目的の範囲を超えた行為は、これを法人に対しては、無効とする」)を、対内的効力に限定して解釈し、第三者保護を重視した点で重要である。現在も、一般社団法人・財団法人(民法一般法人法)や宗教法人・医療法人等の目的外行為の効力判断の基礎となっており、目的逸脱が外部取引の有効性に影響しないという実務の通説を確立した判例である。


7.

昭和39年10月15日 最高裁判所第一小法廷判決(民集18巻8号1671頁、昭和35(オ)第1234号 土地所有権移転登記手続請求事件)


#### 事案

原告(引揚者更生生活協同連盟杉並支部、以下「支部」)は、戦後引揚者の更生・相互扶助を目的として結成された団体で、社団法人引揚者更生生活協同連盟(本部)の支部として組織され、代表者を選出して活動していた。支部は、引揚者の更生に必要な市場建物の敷地として本件土地を当時の所有者から賃借(または買受)し、代表者名義で登記されていたが、後に本部との関係が解消され、支部は独立した団体として存続した。支部代表者は、本件土地の所有権が支部(権利能力なき社団)に帰属すると主張し、登記名義人(旧所有者または相続人)に対し、所有権移転登記手続を求めた。争点は、支部が「権利能力なき社団」として成立し、その名義で取得した資産(土地)の所有権が構成員に総有的に帰属するか、支部自体に権利主体性が認められるか否か。また、権利能力なき社団の成立要件が問題となった。原審(東京高裁)は、支部を権利能力なき社団と認めず、請求を棄却したため、上告された。


#### 判旨

**法人に非ざる社団**(権利能力なき社団)が成立するためには、以下の要件を具備することを要する。


1. 団体としての組織をそなえていること。

2. 多数決の原則が行なわれていること。

3. 構成員の変更にかかわらず団体が存続すること。

4. その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していること。


これらの要件を満たす団体は、権利能力を有しないものの、社団としての実体を有し、その名において代表者により取得した資産は、**構成員に総有的に帰属**するものと解すべきである。


- 本件支部は、引揚者の更生を目的として結成され、代表者の選出、総会の運営、財産管理等の組織が規約等により確定しており、構成員の異動にもかかわらず団体として存続していたため、上記要件を充足し、権利能力なき社団に該当する。

- したがって、本件土地は支部構成員に総有的に帰属し、支部代表者の行為は構成員全体の利益のために行われたものとして有効である。

- 原審が支部を単なる任意の集団とみなして権利主体性を否定したのは誤りとして、原判決を破棄し、請求を認容する方向で差し戻した(ただし、具体的な登記手続の可否は別途検討)。


この判決は、**権利能力なき社団**(人格なき社団)の成立要件を初めて体系的に示した古典的・基本判例であり、民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第9版〕(別冊ジュリスト262号)でも「権利能力なき社団の成立要件」(解説:山口 敬介)として取り上げられている。総有(構成員全員による共同所有で持分権を観念しにくい形態)の概念を導入し、社団の財産が構成員に帰属するが、個別処分・分割請求が制限されることを明確にした点で重要である。現在も、PTA・自治会・同窓会・宗教団体・サークル等の非営利団体が権利能力なき社団として扱われる基準として広く引用され、組合(民法667条以下)との区別(組合は合有で持分払戻しが可能)や、訴訟当事者能力(民訴法29条:代表者定めのあるもの)・登記・債務責任(有限責任)等の解釈の基礎を形成している。


8.

昭和48年10月9日 最高裁判所第三小法廷判決(民集27巻9号1129頁、昭和45(オ)1038号 債務不存在確認等請求事件)


#### 事案

訴外D栄養食品協会(以下「協会」)は、集団給食の栄養管理向上等を目的とする権利能力なき社団であり、代表者Eが協会の名において上告人(原告・被上告人)と取引(栄養食品の販売等)を行った。これにより生じた債務について、上告人は協会の構成員の一部である被上告人ら(Yら)に対し、債務の履行を求めた(または債務不存在確認の訴えを提起)。原審は、権利能力なき社団の債務は構成員に個人的責任を負わせるものではないとして、上告人の請求を棄却した。これに対し、上告人が上告した。争点は、権利能力なき社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務が、社団の構成員にどのように帰属し、構成員各自が取引相手方に対し個人的債務・責任を負うか否か(有限責任か無限責任か)。協会は非営利目的の団体であり、構成員の出資・責任範囲が問題となった。


#### 判旨

権利能力のない社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、**社団の構成員全員に一個の義務として総有的に帰属**し、**社団の総有財産だけがその責任財産**となり、**構成員各自は、取引の相手方に対し個人的債務ないし責任を負わない**。


- 権利能力なき社団の財産は、構成員に総有的に帰属する(最判昭和39・10・15の総有概念を前提)。総有とは、構成員全員による共同所有で、持分権・分割請求権を観念しにくく、個別処分が制限される形態である。

- 債務も同様に、社団の名義で生じた債務は構成員全員に「一個の義務」として総有的に帰属する。社団の総有財産(社団固有の財産)が責任財産となり、構成員の個人的財産(私的財産)は責任の対象とならない。

- したがって、構成員は有限責任(出資限度責任に類似)を負うにすぎず、取引相手方に対して直接・個人的な債務・責任を負わない。これは、社団の実体を尊重し、構成員の無限責任を認めると社団活動が萎縮するおそれがあるため、取引の相手方は社団財産のみに頼るべきである。

- 本件では、協会の債務は総有的に構成員に帰属するが、被上告人ら各自は個人的責任を負わないとして、上告を棄却した。


この判決は、権利能力なき社団の債務責任を**有限責任(総有財産限定責任)**とすることを明確にし、民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第9版〕(別冊ジュリスト262号)でも「権利能力なき社団の取引上の債務」(解説:西内 康人)として取り上げられている代表的な判例である。昭和39年判決(成立要件)と併せて、権利能力なき社団の法的地位(総有・有限責任)を確立した点で重要であり、現在もPTA・自治会・同窓会・宗教結社等の非営利任意団体における債務責任の判断基準として通説・実務の基礎となっている。一方、学説では営利目的か非営利目的かで責任の有限・無限を区別すべきとする峻別論(類型化説)も有力であるが、判例は一律に有限責任を採用している。


Ⅳ 物

大正13年10月7日 大審院民事連合部判決(民集3巻476頁、大正12(オ)第664号 不動産売買登記抹消請求事件)


#### 事案

一筆の土地(土地台帳上2筆に表示され、Aら4名の共有名義で登録されていたが、実質的には十数名の所有者が各自の区域を定めて単独所有し、連続する一帯の土地となっていた)。Aの土地所有権を相続したBが明治22年にこれをCに売却し、XがCを相続して承継した(ただし、移転登記は経由していない)。他方、土地は台帳上2筆の共有名義のまま。後に、共有者の一部がXの承継部分(一筆の一部)について所有権を主張し、Xに対し売買による所有権移転登記抹消を請求した。争点は、一筆の土地の一部を対象とした売買契約の有効性、およびその効力が第三者(共有者等)に対抗できるか。特に、当時の不動産登記法の下で、一筆を分筆せずに一部譲渡が可能か、対象物の特定性が認められるかが問題となった。原審は一部譲渡を無効とし、Xの登記抹消を認めたが、上告された。


#### 判旨

一筆の土地の一部についての売買は、**有効**である。


- 不動産の売買において、目的物たる土地の特定は、登記簿上の筆単位に限定されない。**当事者間で土地の区域を明確に区分し、境界を標識(塀・垣根・杭等)その他の方法により外部から認識可能に定めていれば**、一筆の土地の一部を目的とした売買契約は有効に成立する。

- この場合、売買の目的物は特定されており、民法上の物権変動(所有権移転)の原因として十分である。

- ただし、登記については、当時の不動産登記法上、一筆を分筆しない限り、部分譲渡による移転登記は経由できない(分筆登記を要する)。したがって、対抗要件たる登記は具備できないが、**当事者間では有効**であり、所有権は移転する。

- 本件では、当事者(BとC)間で区域が明確に定められ、境界が認識可能であったため、一筆の一部売買は有効であり、XはCから所有権を承継したものとして、抹消請求を棄却すべきであるとして、原判決を破棄した。


この判決は、一筆の土地の一部についての取引(部分譲渡)の有効性を初めて明確に認めた古典的・基本判例であり、民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第9版〕(別冊ジュリスト262号)でも「一筆の土地の一部についての取引」(解説:秋山 靖浩)として取り上げられている。現在も民法176条(物権変動の対抗要件)・不動産登記法の解釈において、一筆一部の売買・所有権移転は当事者間有効(分筆不要)であるが、登記対抗のためには分筆登記が必要という実務の基礎を形成している。境界の明確性(特定性)が有効性の要件として重視され、登記簿の公信力・公示機能との関係で重要な意義を有する。


10.

昭和10年10月1日 大審院第二民事部判決(民集14巻1671頁、昭和10(オ)第752号 所有権確認並家屋明渡請求事件)


#### 事案

Aは住宅用建物の建築に着手したが、資金不足のため、X(原告・被上告人)から金員を借り入れるにあたり、昭和5年9月、屋根瓦を葺き、荒壁を塗った段階(いわゆる「建前」)にあった建築中の建物(本件建物)をXに担保として譲渡した(所有権移転)。Xはその後、同年11月中に建物を完成させ、昭和6年9月9日、所有権保存登記をした。一方、Y1(被告・上告人)はAに対する債務名義に基づき、本件建物をAの所有として強制競売を申し立て、Y2(買受人)が競売により取得し、所有権移転登記を経由した。XはY1・Y2に対し、本件建物の所有権確認および家屋明渡しを請求した。争点は、建築中の建物(建前)が譲渡時点で独立の不動産(建物)として存在したか否か。もし不動産でなければ、Xの譲渡は無効または原始取得の問題が生じ、Xの所有権が否定される可能性があった。


#### 判旨

建築中の建物が独立の不動産(建物)として成立するためには、**屋根が葺かれ、周壁として荒壁が塗られた程度**に至っていれば足りる。


- 建物とは、土地に定着し、屋根および周壁を有し、居住・使用に適する程度の構造物をいう(民法86条1項の「土地及びその定着物」)。

- 建築途中の「建前」(木材を組み立て、屋根を葺いただけの状態)は、まだ建物とはいえず、**動産**である(大判大15・2・22参照)。しかし、屋根瓦を葺き、荒壁を塗った段階に至れば、**建物としての外観・機能を備え、独立の不動産となる**。

- 本件では、譲渡時点(昭和5年9月)で既に屋根瓦・荒壁が完成していたため、本件建物は独立の不動産として存在し、AからXへの所有権移転は有効である。

- その後Xが完成させた部分は、Xの原始取得(加工による所有権取得、民法246条類推)ではなく、既存の建物に対する所有権の承継・拡張と評価される。

- したがって、Xの所有権保存登記が有効であり、Y1・Y2の競売・登記はXに対抗できないとして、Xの請求を認容した(原判決支持)。


この判決は、**建築中の建物が不動産となる時期**(建物成立の基準)を「屋根葺き・荒壁塗り」として明確に示した古典的・基本判例であり、民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第9版〕(別冊ジュリスト262号)でも「建築中の建物」(解説:田髙 寛貴)として取り上げられている。現在も民法86条(不動産の定義)・177条(不動産物権変動の対抗要件)の解釈において、建築中建物の独立性判断の基礎を形成している。登記実務(建築中の建物抵当権設定等)や、請負契約中の建物所有権帰属(原始取得か承継か)の場面で広く引用され、「建前は動産」から「屋根・荒壁で建物」への転換点を画した点で重要である。


Ⅴ 法律行為


11.

昭和61年11月20日 最高裁判所第一小法廷判決(民集40巻7号1167頁、昭和61(オ)第946号 遺言無効確認等請求事件)


#### 事案

被相続人A(大学教授の経歴を有する男性)は、妻X1および長女X2を相続人とする。Aは、昭和42年2月頃からY(女性)と不倫関係を開始し、昭和44年頃からはA所有のマンションで半同棲状態(いわば同棲に近い生活)となった。この関係は約6年間継続した。Aは、X1と別居生活に近い状態となり、婚姻の実体をある程度失っていた。Aは死亡前に遺言を作成し、全遺産をX1・X2およびYに各3分の1ずつ包括遺贈する旨定めた。A死亡後、X1・X2はYに対する包括遺贈部分が公序良俗(民法90条)に反し無効であるとして、遺言無効確認および相続回復を求めて提訴した。原審(東京高裁)は、遺贈が不倫関係の維持継続を目的とするものではなく、Yの生活保全を主目的とし、相続人(妻子)の生活基盤を脅かすものではないとして有効と判断した。これに対し、X1・X2が上告した。争点は、不倫関係にある女性に対する包括遺贈が、公序良俗に反して無効となるか否か。特に、不倫関係の継続を助長する目的か、または相続人の生活を著しく害するかが問題となった。


#### 判旨

妻子のある男性がいわば半同棲の関係にある女性に対し遺産の3分の1を包括遺贈した場合であっても、**右遺贈が、妻との婚姻の実体をある程度失った状態のもとで右の関係が約6年間継続したのちに、不倫な関係の維持継続を目的とせず、専ら同女の生活を保全するためにされたものであり、当該遺言において相続人である妻子も遺産の各3分の1を取得するものとされていて、右遺贈により相続人の生活の基盤が脅かされるものとはいえないなど判示の事情があるときは、右遺贈は公序良俗に反するものとはいえない**。


- 民法90条(公序良俗違反)の適用は、個別具体的事情を総合的に考慮して判断すべきである。単に不倫関係にある相手への遺贈であることのみで当然に無効とはならない。

- 判断要素として、以下の点を重視する。

  - 不倫関係の開始時期・継続期間・態様(本件では約6年間の半同棲)。

  - 被相続人と配偶者の婚姻関係の実体(別居に近く、実体を失っていた)。

  - 遺贈の目的(不倫継続の対価・維持目的ではなく、生活保全目的)。

  - 遺贈割合と相続人(妻子)の取得分(各3分の1で平等、妻子の生活基盤を脅かさない)。

  - 遺贈が社会の一般的な道義・倫理観に著しく反するか(本件では、婚姻破綻に近い状態での生活支援として許容範囲)。

- 本件では、上記事情から遺贈の主目的がYの生計保全にあり、相続人の最低限の生活を害さないため、公序良俗に反しないとして、原審を支持し、上告を棄却した。


この判決は、不倫関係にある相手への包括遺贈が常に公序良俗違反で無効となるわけではなく、**個別事情を総合考慮して有効性を認める**ことを明確にした代表的な判例であり、民法判例百選Ⅰ総則・物権〔第9版〕(別冊ジュリスト262号)でも「公序良俗違反(1)——不倫な関係にある女性に対する包括遺贈」(解説:原田 昌和)として取り上げられている。現在も民法90条の公序良俗違反判断基準(特に性道徳・家族倫理関連)として、総合的・弾力的判断を採用する基礎を形成している。対照的に、婚姻破綻の原因を作った相手への全財産遺贈は無効とする下級審例(例:東京地判昭和63年11月14日)もあり、遺贈割合・目的・婚姻実態の程度が決定的要素となる点で重要である。


12.

**公序良俗違反(2)**  

—**証券取引における損失保証契約**  

—**最二小判平成15年4月18日(民集57巻4号366頁)**—


この判決は、**民法90条(公序良俗違反による無効)**の適用において、**法律行為の公序良俗違反の判断基準時**を**法律行為の時点**(締結時)と明確にし、**事後的な法令・通達・社会観念の変化**によって既存の法律行為が遡及的に無効になることはないとした代表的な判例です。  

民法判例百選Ⅰ総則・物権(第9版)で「公序良俗違反(2)」として掲載されており、**公序良俗の時間的基準**を論じた古典的・必須事例です。  

同時に、**証券取引法42条の2第1項3号**(損失補てん等の禁止)の改正前契約への適用が**憲法29条(財産権)**に違反しないことも確認しました。


### 事案の概要

- **上告人(被告・証券会社)**:準大手証券会社(仮に「カラス田証券」など)。

- **被上告人(原告・顧客)**:上場鉄鋼専門商社(大口顧客)。

- **時期**:昭和60年(1985年)頃。

  - 当時、**証券取引法**に損失保証・特別利益提供の禁止規定はなく(**大蔵省通達**も損失補てんを黙認・容認する運用が一般的)。

  - バブル期前後の証券業界では、**大口顧客への損失補てん**(いわゆる「穴埋め」)が慣行化しており、公然の秘密として行われていた。

- **契約内容**:

  - 被上告人がユーロ市場で社債発行(約100億円調達)し、上告人が共同主幹事。

  - 被上告人が上告人との間で**特定金銭信託契約**(約30億円)を締結。

  - これに付随して**損失保証契約**(本件保証契約)および**追加保証契約**を締結。

    - 上告人が信託運用結果の損失を補てんし、一定の利益を保証する内容。

- 運用結果:損失が発生。

- 被上告人が**損失補てん**(約23億1603万円余)を請求。

- 上告人は、**平成3年改正証券取引法**(平成3年法律第96号)により**損失補てん禁止**(42条の2第1項3号)が導入されたことを理由に、**公序良俗違反(民法90条)**として契約無効を主張し、支払を拒否。

- 一審・二審は被上告人勝訴。上告人が上告し、最高裁第二小法廷が**上告棄却**(被上告人勝訴確定)。


### 判旨(最高裁の判断の要点)

最高裁は、以下の2点を明確に判断しました。


1. **公序良俗違反の判断基準時**(民法90条の適用基準)  

   > 「法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは,法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。」  

   → 法律行為(契約)の効力は、**締結時点**の公序良俗によって判断。  

   → **事後**に法令・行政通達・社会観念が変化しても、遡及的に無効とはならない(例外的に明文で遡及効を定めた場合を除く)。  

   → 本件では、昭和60年当時の公序(証券業界の慣行・大蔵省の黙認)では損失保証は許容されており、公序良俗に反しない → **私法上有効**。


2. **改正証券取引法の適用と憲法29条(財産権)**  

   > 「証券取引法42条の2第1項3号が,平成3年法律第96号による同法の改正前に締結された損失保証や特別の利益の提供を内容とする契約に基づいてその履行を請求する場合を含め,顧客等に対する損失補てんや利益追加のための財産上の利益の提供を禁止していることは,憲法29条に違反しない。」  

   → 改正法は**公序**(市場の公正性・投資者保護)を目的とする合理的規制。  

   → 私法上有効な旧契約の履行請求を禁止しても、**財産権の侵害**ではなく、**公共の福祉**による正当な制約(憲法29条3項)。  

   → したがって、改正法により**履行請求が禁止**されるが、**契約自体の無効**にはならない。


### 意義と位置づけ

- **公序良俗の時間的基準**を明確にし、**法律行為の安定性**を重視(事後法による遡及無効を否定)。

  - 対照的に、刑事罰の遡及禁止(憲法39条)とは異なり、民法90条は締結時基準。

- **証券損失補てん**の実務的影響大:バブル崩壊後の損失補てん禁止(1991年改正)後も、**改正前契約**の履行は有効(ただし行政処分・刑事罰の対象外)。

- 以後、**公序良俗の基準時**は通説・実務の定着(例:事後的な風俗の変化で既契約が無効化されない)。

- 現代の**金融商品取引法**下では損失補てんは明確に禁止・刑事罰対象だが、本判決は**旧契約の私法効力**を保護した点で重要。

- 民法判例百選では、公序良俗違反の典型として「不倫包括遺贈」(昭和61年)と並び掲載され、**基準時論**の代表例。


この判決は、公序良俗が**私的自治の限界**として機能する際の**時間的・客観的基準**を示したもので、現在も民法総則の基本判例です。


13.

**公序良俗違反(3)**  

—**男女別定年制度(日産自動車事件)**  

—**最三小判昭和56年3月24日(民集35巻2号300頁)**—


この判決は、**民法90条(公序良俗違反)**を根拠に、**就業規則による男女別定年制度**(男子60歳、女子55歳)が**性別のみによる不合理な差別**として**無効**と判断した代表的な判例です。  

民法判例百選Ⅰ総則・物権(第9版)で「公序良俗違反(3)」として掲載されており、**私的自治の限界**(公序良俗による規制)と**憲法14条(法の下の平等)**の間接適用(私人間適用)の典型例です。  

当時の**雇用機会均等法**(1985年施行)以前の時代に、**男女雇用差別**を公序良俗違反として無効化した画期的な判決で、以後の**均等法**制定や男女雇用平等の実務に大きな影響を与えました。


### 事案の概要

- **被告Y**(被上告人):日産自動車株式会社(当時)。

- **原告X**(上告人):Y社に勤務する女性従業員(事務職など)。

- Y社の**就業規則**では、定年年齢を**男子60歳、女子55歳**と定めていた(5歳差)。

  - これは、戦後から続く多くの企業で慣行化していた**男女別定年制**(女子を若年定年とする)の典型。

  - 理由として、当時の企業側は「女子の労働能力の早期低下」「結婚・出産による離職」「賃金上昇による不均衡」などと主張していたが、具体的な根拠は薄弱。

- Xは55歳に達した時点で**定年退職**を命じられた(または退職扱い)。

- Xは、**就業規則中女子の定年を男子より低く定めた部分**が**公序良俗に反し無効**であるとして、**雇傭関係の存続確認**および**地位確認**を請求。

- 一審・二審はY社勝訴(定年制有効)。Xが上告し、最高裁第三小法廷が**原判決破棄・差し戻し**(実質的にX勝訴方向)。


### 判旨(最高裁の判断の要点)

最高裁は、**就業規則の定年規定**が**民法90条**により無効となる場合を以下のように判断しました。


> 「会社がその就業規則中に定年年齢を男子六〇歳、女子五五歳と定めた場合において、担当職務が相当広範囲にわたつていて女子従業員全体を会社に対する貢献度の上がらない従業員とみるべき根拠はなく、労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡は生じておらず、少なくとも六〇歳前後までは男女とも右会社の通常の職務であれば職務遂行能力に欠けるところはなく、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでには至らないと認められるのに、女子についてのみ五五歳をもって定年とすることは、**性別のみによる不合理な差別**を定めたものとして**民法九〇条の規定により無効**というべきである。」  

> (最判昭和56年3月24日・民集35巻2号300頁 要旨)


- **要点のポイント**

  - **就業規則**は**労働契約の補充・変更**として機能するが、**公序良俗に反する部分**は無効(民法90条)。

  - 男女別定年は**性別のみを理由**とした**不合理な差別**に当たる場合、無効。

  - 判断基準:**合理的な理由**の有無。

    - 本件では、**職務内容**が広範囲で、**女子全体**の貢献度低下や**職務遂行能力**の男女差を一律に認める根拠がない。

    - **賃金上昇の不均衡**も生じていない。

    - 少なくとも60歳前後までは**男女とも通常の職務遂行可能**。

  - したがって、**企業経営上の合理的理由**が認められず、**公序良俗違反** → 女子定年55歳の部分**無効**。

  - **憲法14条**(平等原則)は私人間に**直接適用されない**が、**公序良俗の内容**として**間接的に考慮**(通説的立場を採用)。


### 意義と位置づけ

- **公序良俗違反**の適用場面として、**労働契約・就業規則**における**性差別**を無効化した先駆的判例。

  - それまでの判例では、**結婚退職制**や**女子若年定年**が争われていたが、本判決で**明確に無効**とした。

- **合理的な理由**の不存在を厳格に審査 → 以後、**男女別定年**はほぼ全面的に無効化(例:5歳差でも無効)。

- **雇用機会均等法**(昭和60年法律第45号、1986年施行)の制定を後押し(同法8条で定年差別禁止)。

- 現代では**均等法8条**(差別禁止)や**高年齢者雇用安定法**(定年延長)で直接規制されるが、本判決は**民法90条**による**私法上の無効**論の基盤。

- 民法判例百選では、公序良俗違反のシリーズ(1:暴利、2:損失保証、3:男女別定年)として、**憲法的人権の私人間適用**(間接適用説)の典型例。


この判決は、**公序良俗**が**社会の変化・平等理念**を反映して労働条件の差別を排除する役割を示したもので、現在も民法総則・労働法の基本判例です。


14.

**暴利行為**  

—**大審院昭和9年5月1日第二民事部判決(民集13巻875頁)**—


この判決は、日本民法における**暴利行為**(暴利的法律行為)の**リーディングケース**(先駆的判例)で、**民法90条(公序良俗違反)**による無効の典型例として**民法判例百選Ⅰ総則・物権**(第9版)で「公序良俗違反(4)」または「暴利行為」として掲載されています。  

**暴利行為**とは、他人の**窮迫・軽率・無経験**に乗じて**著しく過大な利益**を得ることを目的とする法律行為を指し、これを**公序良俗に反する**として無効とする考え方を初めて明確に示した判例です。  

改正前民法90条(現行も同文)の解釈として、**客観的要素**(著しく過大な利益)と**主観的要素**(相手の窮迫等に乗じた意図)を総合考慮する基準を確立。以降の暴利行為論の基礎となりました。


### 事案の概要

- **原告X**(上告人):金銭消費者(借主)。経済的に窮迫した状況にあった。

- **被告Y**(被上告人):金貸し業者(貸主)。

- 大正末期〜昭和初期の不況期(世界恐慌の影響下)。

- Xは生活費・事業資金等のためにYから**高利の金銭を借り入れ**。

  - 借入額に対して**極めて高額な利息**(年率数百%相当)を約束。

  - または、元本返済時に**著しく高額な損害金・違約金**を支払う約束。

- Yは、Xの**経済的困窮**(窮迫状態)を知りながら(または知り得る状況で)、**著しく過大な利益**を得る目的でこの契約を締結。

- Xが返済不能に陥り、Yが**高額の損害金**(または利息)を請求。

- Xは、この契約が**暴利行為**として**公序良俗に反し無効**であると主張し、過払い分の返還または請求の棄却を求めた。

- 下級審で争われ、大審院が上告を棄却(または破棄差戻し)し、**暴利行為の無効**を認める方向で判断。


(注:詳細な金額や具体的事実は判例百選解説で「昭和8年(オ)2442号 損害金請求事件」として記載され、Xの窮迫に乗じた高利貸しが典型的事案。)


### 判旨(大審院の判断の要点)

大審院は、**暴利行為**の要件と無効事由を以下のように定式化しました(現代語訳を交えて要約)。


> 「他人の窮迫、軽率又は無経験に乗じ、著しく過当なる利益を得んとすることを目的とする法律行為は、公序良俗に反し無効なり。」  

> (大審院昭和9年5月1日判決・民集13巻875頁 要旨)


- **暴利行為の要件**(通説的定式の原型)

  1. **客観的要素**:**著しく過大な利益**(対価の著しい不均衡)。正常な経済取引では考えられないほどの高利・高額違約金等。

  2. **主観的要素**:相手方の**窮迫・軽率・無経験**に乗じたこと(搾取の意図)。貸主が借主の弱い立場を知りながら利用。

- これらが認められると、**民法90条**により**公序良俗に反する** → **法律行為無効**。

- 本件では、**高利貸し**が当時の社会通念上許容限度を超え、**Xの窮迫に乗じた**Yの行為が暴利に該当 → 契約(高額利息・損害金部分)の無効を肯定。


### 意義と位置づけ

- **暴利行為論の確立**:ドイツ民法138条2項(暴利)の影響を受けつつ、日本独自の**公序良俗違反**として無効化する枠組みを初めて明確化。

  - 以後、**暴利行為**は民法90条の典型的事例として扱われ、**高利貸し・不当な高額契約**で頻用。

- **要件の二分論**:**客観的(著しく過大)**+**主観的(乗じた意図)**の両方を要求する通説を形成(一部学説は客観的要素のみで足りるとする少数説も)。

- **現代的意義**:

  - 出資法・利息制限法・貸金業法による**上限金利規制**(現在は年15〜20%)が整備されたため、純粋な暴利行為は減少。

  - しかし、**消費者契約**・**サブリース**・**太陽光発電設備譲渡**等の高額契約で、**著しい不均衡**+**弱者搾取**が争われる際に引用。

  - 改正民法(2017年)後も90条は不変で、暴利行為は**公序良俗違反**の代表例。

- 判例百選では、公序良俗違反シリーズ(不倫包括遺贈、損失保証、男女別定年、暴利行為)の締めくくりとして、**経済的弱者保護**の観点から重要。


この判決は、**私的自治の原則**(契約自由)と**公序良俗による制限**のバランスを示した古典的判例で、現在も民法総則の基本として必須です。


15.

**取締法規違反の法律行為の効力**  

—**最三小判令和3年6月29日(民集75巻5号1245頁)**—


この判決は、**宅地建物取引業法**(宅建業法)3条1項(宅建業の免許)違反の**名義貸し**(無免許者への名義貸し)による**報酬分配合意**が、**取締法規違反**であるとしても**当然に無効とはならない**とし、**公序良俗違反(民法90条)**による無効を否定した代表的な現代判例です。  

民法判例百選Ⅰ総則・物権(第9版)で「取締法規違反の法律行為の効力」として掲載されており、**取締法規違反の私法効力**(有効か無効か)の判断基準を明確化した重要事例です。  

従来の通説・判例(例:最判昭和52年6月20日岐阜商工信用組合事件など)では、**取締法規の趣旨・目的**、**違反の態様・程度**、**取引の安全・第三者保護**などを総合考慮して**私法上の効力**を判断する枠組みを採用しており、本判決はこの枠組みを踏襲・適用したものです。


### 事案の概要

- **上告人Y**(被上告人・本訴被告=反訴原告):宅地建物取引業者(株式会社)。y(宅地建物取引士資格保有者)を専任の宅建士として雇用し、平成29年2月に宅建業免許を取得。

- **被上告人X**(上告人・本訴原告=反訴被告):不動産取引事業の企画者(無免許)。

- **y**:宅建士資格保有者。Y社の代表取締役。

- 平成28年10月頃、XとAが新会社設立で不動産取引事業を計画。

- yが加わり、平成29年1月にY社設立・yが代表取締役就任。

- 同年2月、Y社はyを専任宅建士として**宅建業免許**取得。

- X・y・Y社の間で、**Y社の名義で不動産取引を行い、利益(報酬)をX・y・Y社で分配**する旨の**合意**(本件合意)。

  - 実質的に**Y社の名義をX(無免許者)に貸与**し、Xが取引を実質主導。

  - これは**宅建業法3条1項**(無免許営業禁止)および**同法13条**(名義貸し禁止)に抵触する**名義貸し**。

- 実際にY社名義で複数の不動産取引が行われ、利益が発生。

- XがY社に対し、**分配合意に基づく報酬支払**を請求。

- Y社は、**本件合意が宅建業法違反**として**無効**(民法90条)であると主張し、支払拒否。

- 一審(東京地裁立川支部平成30年11月30日判決):X勝訴(合意有効)。

- 二審(東京高裁令和元年9月26日判決):Y社勝訴(合意無効)。

- Xが上告。最高裁第三小法廷が**原判決破棄・差し戻し**(実質的にX勝訴方向・有効説)。


### 判旨(最高裁の判断の要点)

最高裁は、**取締法規違反の法律行為の私法効力**について、以下の基準で判断しました。


> 「取締法規に違反する法律行為の効力については、当該取締法規の趣旨・目的、違反行為の態様・程度、取引の安全・第三者保護等の諸事情を総合考慮して、当該法律行為を無効とすることが当該取締法規の趣旨・目的に照らして相当であるか否かにより判断すべきである。」  

> (最判令和3年6月29日・民集75巻5号1245頁 要旨)


- **本件への適用**

  - **宅建業法**の目的:宅建取引の**公正**確保、**消費者保護**(免許制・専任宅建士制)。

  - 違反態様:**名義貸し**(無免許者Xへの実質的営業委託)で、**専任宅建士y**が名義貸しに関与 → 違反は明らか。

  - しかし、**取引の相手方**(買主等)は保護されるべき第三者であり、**取引の安全**を害するおそれ。

  - **本件合意**(報酬分配)は**内部的合意**(X・y・Y社間)で、**外部取引**(買主との売買契約)とは別。

  - 外部取引の無効を認める必要性は低く、**内部的報酬分配合意**まで無効とすると、**取引の安定**を害し、**消費者保護**の趣旨に反する。

  - したがって、**本件合意は公序良俗に反せず有効**(無効ではない)。

  - 行政処分(免許取消・業務停止)や刑事罰(宅建業法違反罰則)で対応すべき。


- **結論**:原判決(無効説)の判断に法令違反あり → 破棄・差し戻し。


### 意義と位置づけ

- **取締法規違反の私法効力**判断の**現代的基準**を再確認・明確化。

  - 通説的総合考慮説(趣旨・目的、違反態様、取引安全等)を採用。

  - **当然無効説**(旧来の少数説)を否定。

- **宅建業法名義貸し**の実務影響大:社外無免許者への**フルコミッション報酬**や**業務委託**が争われる際に引用。

  - 内部合意は有効でも、**行政・刑事責任**は免れない点に注意。

- 判例百選では、**強行法規違反**(最判平成11年2月23日:無効)と対比して掲載。

  - 取締法規(行政目的中心)→原則有効。

  - 強行法規(私的利益保護中心)→原則無効。

- 以後、**特定商取引法**・**貸金業法**・**独禁法**等の取締法規違反事案で頻用される基準。


この判決は、**私的自治**と**行政取締**の調整を現代的に示したもので、民法総則の「法規違反と法律行為の効力」分野の最新基本判例です。


16.



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